120年を超える歴史ある学校であり、平成9年に男女共学となったが、今75歳前後の方々の時代に一度共学となっている。 昭和40年代には市営バスが通っており、校門前にバス停があった。 学校がある類家地区(一丁目、二丁目辺り)は、八戸市でも名士と呼ばれる方々の家も多数あり、好立地な場所である。
風俗店が乱立したのは、バブル期の乱開発に伴い増加した。 その当時に、もう少し警察や行政が厳しく対処していればこのような環境下にはならなかったのではないか。
学校周辺の道路は狭く、交通量も多いことからかなり危険な通りであることは間違いない。 道路に面した学校敷地はほとんどが庭であるので、1m削って歩道を確保すればいいのになとずっと思っている次第。
記憶にあるだけでも、昭和43年の十勝沖地震、平成6年の三陸はるか沖地震と過去に2度の地震被害に加え、昨年の青森県東方沖地震の被害。 あの地域は八戸市内でも揺れる地域。3つの大地震の震源から揺れる方向が全て合致した。建物も老朽化しているので基礎部分の崩壊となったのであろう。
出来うることなら、移転より建て替えが良いと私は思う。
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