少子化問題は、国際化時代に加えて、高齢化社会の到来が叫ばれていたバブル景気真っ只中の80年代後半からの懸案事項だったはず。
なぜなら、日本のバブル景気が終われば、後に日本経済は低成長期入りし、経済成長率はさらに鈍化するは確定。さらに悪いことに、先進国が軒並み低成長期入りするのと、PCの普及などITブームの到来すなわち第三次産業革命の本格化による複合要因で、大量の余剰資本が生まれ、それらを投下する為の新興市場開拓が始まるのもあり、当時先進国でも人件費ナンバー1だった日本経済が戦後最大級の危機に晒されると同時に、社会全体の士気はかつてない程に低下し(最悪、崩落)治安悪化もほぼ確定、あろう事か領土の上から外敵の侵入による深刻な安全保障問題が起こってもおかしくない状況にあった。
これら国力の衰退にして、所得の伸び悩みや減少の要因にもなり得る現象が同時多発し得ない根拠があれば別だが、そんなものあろうはずなく、可能な限りの回避を考えるには、戦略重視の事前策を以て、要因を少しでも減らしてリスク低減を図り、国籍の有無を問わず法の下、社会活動を営んでる個々個人にかかる負担を軽減しなければならないのだが、そんな大改革案をご提案すら無かった上に、
これにバブル崩壊が加わったにも関わらず、90年代は党や会派の不文律踏襲のまま破綻処理に追われ、対応は完全に後手に回り、日本を取り巻く環境は90年代末から内外共に経済も安全保障も最低最悪に近いシナリオにシフト、社会保障改革は遅れコストパフォーマンスはさらに低下、慢性的な財政問題の要因は増え、少子化にも拍車が掛かるのは必然だよね⁈
芥川龍之介は当時の情勢に懸念を示し名作『羅生門』を執筆したっぽくも見えるのだが、同様に、鬼滅の刃が執筆されたのだろうかと思いたくなる位に、ぱっと見はハイテクで豊かそうに見えても、大正時代の終わりや昭和初期の国情との類似点が増えているのではなかろうか。シミュレーション通りだけどね。当時の人口ピラミッドは多産多死の山型に対して、80年代後半から現在は少産少死釣の「鐘型」を経て、同じく少産少死の上に高齢者が多い「つぼ型」となり、このまま世界初の棺桶型になるのではないかなんて危惧されてますよね。
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